ただの休息ではない。眠りを「魂の浄化」に変える、夜の神聖な習慣
一日の終わりに、心も体も疲れ果て、ベッドに倒れ込むように眠りにつく…。
私たちにとって「眠り」とは、日中の活動で消耗したエネルギーを充電するための、当たり前の「休息」だと考えられています。
しかし、もしその毎晩の眠りが、単なる休息ではなく、一日の穢れを祓い、魂をリセットするための、最も重要で神聖な儀式だとしたら。 あなたの「眠り」への意識は、今夜から、全く違うものになるかもしれません。
「眠り」とは、神の元へと帰る、夜毎の神事
神示は、私たちが当たり前だと思っている「眠り」について、その本質を、こう示しています。
眠りとは、日々の暮らしの中にて執り行う重要な神事と知れ。 そは、日中の生の世界から、夜の死の世界へと渡り、神の元へ一時帰ることを意味するものなり。
眠っている間、私たちの意識はありません。それは、日中に「私」という鎧をまとっていた魂が、その鎧を脱ぎ捨て、一時的に、魂の故郷である神の御元へと帰還している状態なのです。
そして、その神聖な時間の中で、日中の活動で魂に付着した、様々な穢れや我欲を洗い流す「魂の禊」が行われると、神示は教えています。
あなたの眠りが「浅い」本当の理由
神示は、私たちが、その尊い儀式を、自ら台無しにしてしまっているとも指摘します。
その神事に、汚れたる心のまま臨むな。 一日の怒り、不安、我欲をそのまま持ち込むなかれ。
その日にあった嫌なこと、腹が立ったこと、明日への心配事…。 そういった、乱れた心のエネルギーを抱えたまま眠りにつけば、魂は深く安らぐことも、清められることもできず、その結果として、眠りが浅くなったり、嫌な夢を見たり、朝起きても疲れが取れていなかったりするのです。
しかし、です。 どうしても、怒りや不安が消せない夜もあるでしょう。心を整えようとしても、どうにもならない。そんな時こそ、この「眠りという神事」の、本当の意味が輝きを増すのです。
神示は、完璧な心の状態で眠りにつけ、と言っているのではありません。 むしろ、自分一人の力では、どうにも浄めきれない、その重く、汚れた心の荷物ごと、神様にお預けしなさい、と教えてくれているのです。
眠りを「最高の神事」に変える、三つの夜の習慣
では、どうすれば、この夜毎の神事を、正しく執り行うことができるのでしょうか。 大切なのは、眠りにつく直前の、ほんの数分の心の在り方です。
まず、今日一日の「感情の荷物」を、正直に認める
目を閉じ、静かに一日を振り返ります。「今日は、こんなことで腹が立った」「こんなことで、不安になった」と、自分の心の中にある、ネガティブな感情から目を背けず、まずは「そうか、今の私は、こんな荷物を抱えているのだな」と、正直に認めてあげます。
それでもなお、感謝できることを、一つ探す
神示は「できる限り浄め、眠りにつけよ」と、優しく諭します。
完璧である必要はありません。 たとえ心が嵐のようでも、その中で、たった一つでも感謝できることを探してみます。
「今日も、屋根のある家で眠れる。ありがとうございます」と。その、ほんの一筋の感謝の光が、神様へと繋がる道しるべとなります。
そして、その荷物ごと、神に「丸投げ」する
最後に、これが最も重要です。 自分ではどうにもできない、そのドロドロとした感情の荷物を、抱えきれないほどの大きな荷物を、そのまま、大いなる神の手に「丸投げ」してしまうのです。
「神様、今日のこの荷物は、私の手には負えません。どうか、この荷物ごと、私の魂をお預かりください」と、絶対の信頼をもって、全てを明け渡す。
この「降参する力」「委ねる力」こそが、あなたを、最も深く、安らかな眠りへと誘い、そして、眠っている間に、神様があなたの荷物を、光へと変えてくださるのです。
目覚め新しい自分を生きる
神示は、この眠りという神事を、こう結んでいます。
眠りを神事とし、美しき魂として神の元に帰らば、神との繋がりは、より固く結ばれん。 そして、目覚めと共に、新たなる神気をその身に満たし、再び、この地での務めを果たすことを許されるものなり。
眠りは、一日の終わりではありません。 それは、新しい自分として生まれ変わるための、始まりの儀式なのです。 ぜひ、今夜から、あなたの眠りを、魂を浄めるための、尊い神事として、大切に執り行ってみてはいかがでしょうか。



