なぜか心が満たされない?神示が教える、神様と繋がる「命綱」としての呼吸
いつも、胸のあたりが、何だか詰まっているような感じがする。大きく、深呼吸をしたいのに、なぜか、息が浅いままで、奥まで空気が入ってこない…。
今、多くの人が、慢性的な酸欠状態のような感覚を、抱えているのではないでしょうか。
現代は呼吸が浅い人がとても増えています。それは神様との繋がりが切れてしまう恐ろしい状態なのだと神示は告げています。
呼吸は空気を吸って吐くだけになく、神気も己の体に循環させるもの
少し、イメージしてみてください。 私たちの呼吸とは、単なる空気の出し入れではありません。 それは、大いなる神(宇宙)と、私たち一人ひとりの魂とを繋ぐ、目には見えない「霊的なへその緒」、すなわち「命綱」のようなものなのです。
私たちは、この命綱を通して、生きるために不可欠な、神の聖なるエネルギー(神気)を、絶え間なく、その魂に受け取っているのです。
ではなぜ、私たちの魂は、これほどまでに渇いてしまっているのでしょうか。 神示は、その理由を、はっきりと示します。
現代人は呼吸浅く気が巡らぬ者多きなり。 気が巡らずば、神とは繋がらぬ。
ストレス、不安、恐れ…。それらの感情は、無意識のうちに、私たちの体を硬くこわばらせ、呼吸を浅く、小刻みにします。 それは、自ら、その神聖なる命綱を、きつく、きつく、締め上げているのと同じ状態なのです。 これでは、どれだけ神様が、愛とエネルギーを送ってくださろうとも、その魂に、十分に届くはずがありません。 魂が渇き、心が満たされなくなるのは、理の当然なのです。
どうすれば、命綱の流れを、取り戻せるのか
では、どうすれば、この細くなってしまった命綱の流れを、再び、豊かに、力強く、取り戻すことができるのでしょうか。 神示が教えるのは、何か特別な行いを「付け加える」ことではありません。 むしろ、不自然に力んでいる、その力を「手放す」ことです。
吸う息は「感謝」で、受け取ること
神示は「神への感謝忘れず、ゆっくり深く呼吸をすらば、神との繋がりも深くなりゆかん」と説きます。
息を吸う時、それは、あなたが、神様からの、無条件の愛と、生命エネルギーを「受け取っている」瞬間です。その、当たり前ではない、奇跡の恵みに対し、「ありがとうございます」と、心の中で、そっと唱えてみてください。感謝の心は、固くこわばった魂を、優しく、ふわりと、解き放ってくれます。
吐く息は「信頼」で、手放すこと
息を吐く時、それは、あなたの中にある、古く、淀んだエネルギーを、手放す瞬間です。
その日の不安、焦り、我欲といった、魂の重荷を、その息と共に、全て、大いなるものの手に委ねてしまうのです。「あとは、全てを、お任せします」と。 この「信頼の息」が、あなたの内に、新しい神気が入ってくるための、神聖な「空っぽの空間」を作ってくれます。
その流れが、世界を癒すと知ること
そして、最も尊い意識。それは、あなたの呼吸が、あなた一人のためだけのものではない、と知ることです。
己が神気を得らば、その気は他者にも巡り行くが仕組みなり。
あなたが、感謝と信頼の呼吸を取り戻し、神との命綱が、再び、豊かに、力強く、流れ始める時。 その、満たされたあなたの魂から溢れ出した神気は、あなたの存在を通して、あなたの周りの人々へ、そして、この世界全体へと、静かに、しかし、確実に、巡り、広がっていくのです。
もし、あなたが今、胸の息苦しさや、魂の酸欠状態を感じているのなら。 まず、その場で、立ち止まってみてください。そして、ただ一度で良いのです。
固くこわばった胸を、そっと開き、天からの新しい命の息吹が、体の隅々まで満たしていくのを、ただ、感じてみる。 そして、吐く息と共に、自分を縛り付けていた、全ての不安と焦りを、完全に手放してしまう。
その、たった一度の、深く、満ち足りた呼吸。 それこそが、神様と繋がる、最も確かな「命綱」の流れを、今、この瞬間から、取り戻すための、何よりも尊い、第一歩なのです。



