高き精神性の理・日常を神事となす
高き精神性を宿すとは、外より知を足し、特別なる力を得ることにはあらず。
己が内に元より備わる天の光を、一点の曇りもなく現し出すことに他ならぬと心得よ。
人は皆、神の分け御霊を宿す器なり。
その器を磨き、内なる陽を遮る我の曇りを取り除くことこそが、真の進化への道なり。
まず足るを知り、生かされておる今に感謝するべけれ。
外に不足を見出し、他と比較して奪い合う心は、魂を縮こまらせ、光を閉ざさん。
今ここにある命の尊さを噛み締め、万象に感謝の念を捧げる時、魂は自ずと広がり、宇宙の響きと一つに溶け合わん。
次に日常の些事を神事と心得て励めよ。 特別な修行に答えを求めるなかれ。
丁寧に暮らし、出会う一人に誠を尽くし、居る場所を清める。
かかる日々の営みの積み重ねこそが、魂を研ぎ澄まし、高き精神性を肉体に定着させる真の行なり。
次に目に見えぬものへの畏敬を忘れるなかれ。 目に見える物質は、目に見えぬ響きの現れに過ぎぬ。
形あるものに執着せず、その奥に流れる命の源流を見つめよ。
己が全体の一部であり、全体が己の中に宿るという真理を悟る時、人は初めて、私欲を越えた大いなる調和の中で生きることが叶うなり。
さにて一歩ずつ歩みを進めよ。 日本人がこの精神の型を体現する時、その静かなる光は国境を越え、迷える世界を導く希望とならん。



