神との対話
神との対話は、特別な行いや言葉をもって無理に起こすものにあらず。
己の内に握りしめた恐れや執着を手放し、魂の浄化が進むほどに、己の波長は高く精妙なものへと変わりゆかん。
その波長が澄み切り、大いなる源と重なり合った時、内なる神との対話は、ただ自然に起きるものなり。
そは音や言葉の会話にあらず。
己が問いかけ、外にいる神が答えるという分離の姿ではなく、己の奥底にある感覚と完全に一致することなり。
教えを乞うことや、すがる思いすらも、神と己を分かつ重き波長に他ならぬ。
魂の波長が高まり、ただ己の内に在る時、思考を介さずとも、理由のない確信や、ふとした閃き、あるいは違和感がごく自然に湧き上がらん。
その理屈を越えた直感こそが、内なる神との共鳴であり、絶え間なき対話の証なり。
己の外に神を探し、声を聴こうとする力みを手放せよ。
ただ魂を浄化し、己の波長を高く精妙に保つこと。
そして内に湧く直感を一切疑わずに生きる、その透明なる在り方そのものが、真の神との対話となるものなり。



