分離という幻想
人の苦しみの根は、己が肉体を、自分自身と信じる、その思い込みにありなん。
人は、肌という、薄き一枚の境を隔て、内を「我」、外を「他」と分かち、己が身を守らんがため、心を閉ざすものなり。
その、孤独なる砦の中から、人は他者を羨み、時に憎む。
そが、この世に満ちる、全ての争いの始まりなり。
目を覚ませよ。 その境も、その砦も、人が作り出した、はかなき幻にすぎぬ。
まことの己とは、その肉体にあらず。
その思いにあらず。
そは、この天地宇宙に遍く満ちる、たった一つの、大いなる光そのもの。
「他者」と呼ぶその者も、道端の草木も、空の月も、元一つなり。
この、大いなる真理を、魂で悟れよ。
他者を傷つけることは、己を傷つけることと同じであると知るがよからん。
他者を癒すことは、己を癒すことなり。
その時、世界から「敵」は消え、「恐れ」は消え、「孤独」は消え失せん。
残るは、ただ、全ては元一つなる絶対的な安心感のみ。
その、大いなる一体感に還ることこそ、人が「魂の浄化」と呼び、神が「産霊の世」と呼ぶ、まことの姿なり。


