魂磨きは生涯続く
魂を磨く道に、終わりはなし。
己の魂は既に美しき、神意を悟らんと驕らば、魂は瞬く間に穢れん。
魂とは、神より預かりし神鏡の如し。
日々の暮らしの中で、知らず知らずのうちに邪気の汚れ溜まりて曇りゆく。我欲の塵、不平不満の垢は、片時も絶えず降り積もる。
ゆえに、神鏡を磨き続けることこそが、人の務めにして、命の証そのものなり。
歩みを止めし者の鏡は、たちまちに曇り、神の光を映さなくなりぬる。
真の己の姿も、世の真の姿も見失い、ただ時代の荒波に翻弄されるであろう。
磨くとは何か。
そは、特別な行にあらず。
感謝の言霊を発し、慈しみの心で他者に接し、食を正し、日々の暮らしの一つひとつを、ただ丁寧に行うこと。
これまで説いてきた教えの、実直なる繰り返しに他ならぬ。
終わりなき道なればこそ、その一歩一歩が尊い。
生涯をかけ、ただひたすらに己が魂の鏡を拭き続ける者のみが、その輝きを保ち、いかなる世にあっても、神の光と共に歩むことを許されん。
魂を磨き続けること、そが生きるということなり。
その尊き務めを、ゆめ忘るるなかれ。




