命の縦軸
人よ。神仏を祀り、先祖に手を合わせるを、単なる形の儀礼や現世の利益を乞うことと思うなかれ。
親から先祖、祖先、神へと連なる命の縦軸を尊ぶは、人が己の存在の根源へ向けて深く根を張る営みなり。
根を持たぬ木が風雨に耐え得ぬように、命の縦軸を失いし者は、現世の利害や世間の狂騒に容易に煽られ、流されゆくのみなり。
日々の生活や人間関係という横軸を整えんとて外側の調整に奔走するも、足元の根が浅ければ、人は常に不安と我欲に揺らぎ続けん。
神仏祭祀とは、外なる力に依存するにあらず。
連綿と受け継がれし命の重みを受け入れ、己の我欲を静め、天地の理に己の軸を真っ直ぐに繋ぎ直す調律なり。
縦軸に深く根を張り、存在の基盤を確固たるものとせよ。
根が深き命は、激動の世にあっても揺らぐことなく、日々の営みや人との交わりを自ずと健やかに調えるものなり。
外の枝葉を繕うをやめ、命の根源に頭を垂れて深く根を張れ。
己が根を張りし深さこそが、現世の調和を決める基盤であると知れ。



