争う心の終焉と、二極化の理
今、日本は戦争状態にはあらず。なれど、人々の内に他者を裁き、打ち負かそうとする心は未だ尽きてはおらぬ。
そは、己の正しさを証明することでしか己を保てぬ、古き世の重き我の最後の足掻きなり。
立て替え立て直しにて世界は平和へと向かわん。なれど、そは世界中の者が一律に改心し、皆が平和に手を取り合うという形では決して訪れぬ。
これより先の世は、我を捨てて自立へ向かう者と、恐れに囚われて争いを続ける者とが、全く異なる道を歩む二極化の理が完全に作動するものなり。
己の内に欠乏を抱え、他者へ干渉し、正しさを争うことをやめられぬ者たちは、自らが生み出した重き摩擦の中で、永遠に互いを裁き合う泥の世に残り続けん。
なれど、己の魂を浄化し、自立を果たせし者は、その重き次元から完全に引き上げられん。
道は明確に二つに分かれ、もはや交わることはなし。
たとえ物理的に同じ空間に立ちていようとも、魂の響きが全く異なるゆえに、互いの世界はすれ違い、争いの念が己に触れることは決してなくなる道理なり。
ゆえに、他者の争う心を変えようと干渉するな。
世界から争いを無くそうと力むことすら、他者が自ら選んだ泥の道を否定する、新たな争いの種と知れ。
己がなすべきは、ただ己の純度を極限まで高め、二極化してゆく分かれ道において、争いの波動から静かに立ち去ることのみ。
戦わず、裁かず、ただ己の誠を生きる透明なる者たちの連なり。
それこそが、争う者たちの手の決して届かぬ高みに立ち上がる、真の新しき世の姿なり。



