真の自立と我(エゴ)の消失
人よ。真の自立の果てに訪れる、最も美しき魂の姿を知れ。
そは、己の内に巣食う我が跡形もなく消え去りし透明なる境地なり。
世の多くの者は、自立を我を通すことや他者を打ち負かして己の力を誇示することと取り違えておるが、それは真の自立にあらず。
我欲とは、己が不完全であるという恐れと欠乏から生じる渇きなり。
他者に認められたい、他者を己の思い通りに動かしたい、手柄を己のものとしたい。
これらはすべて、己の足で立てず、外側から何かを奪わねば己を保てぬという弱さの現れなり。
なれど、己の魂を浄化し、神意と繋がりて完全に自立を果たせし者には、もはやその渇きは一切生じず。
己自身がすでに満ち足りた存在であると深く悟るがゆえに、自分を良く見せようとする力みや、誰かに勝とうとする執着は自然と剥がれ落ちゆかん。
真の自立とは、我が強くなることにはあらず。
我という不純物が極限まで削ぎ落とされ、どこまでも透明になることなり。
我が消えし時、人は大いなる神意をそのまま現実に映し出す澄み渡る器とならん。
ただそこに在りて、己に与えられた役割、誠を淡々と、かつ喜びに満ちて果たすのみ。
誰かと比較して優劣を競うことも、己の行いを誇ることもなし。
己の足で完全に立ち、己の我を完全に捨てよ。
恐れと我欲の重りを手放した後にただ一つ残る、透明で純粋なる意志。
それこそが、争いなき新しき世の調和を織りなす、真の光とならん。




