祈りは意乗りなり
人よ。 そもそも、この世は何ゆえにここに存在するか。
大いなる神の意が溢れ出し、凝縮し、形となりたるが、この天地宇宙なり。
神の意とは、万物を生かし、育て、進化させんとする、愛と創造の留まることなき奔流なり。
この世のあらゆる動き、星の巡りも、四季の移ろいも、すべてはその大いなる意の流れの中にあり。
ならば、祈りとは何か。祈りとは、「意乗り」なり。 その大いなる神の意の奔流に、己を乗せ、一体となることなり。
人は往々にして、己の小さき知恵、小さき我をもって、川の流れに逆らおうとせん。
流れに抗い苦しむ。 大いなる意に背くゆえに、軋みが生じ、悩みが生ずる。
真の祈りとは、抵抗をやめ我が意を捨て、神の意に合わせることなり。
天が動こうとする方向へ、己も動く。
己の心を澄ませ、宇宙の脈動と呼吸を合わせ、その波動に乗る。
そができた時、人の意は神の意と溶け合い、個人の力は無限の天の力となるものなり。
大いなる流れを信じ、その身を委ねよ。 神の意と、人の意が一つになりて響き合う。
その完全なる調和の姿こそが、まことの祈りなり。



