体とは神なり
そもそも物質とは、無数の光の粒が、目にも止まらぬ速さで舞い踊る、氣の海なり。
見上げし空の星々と同じ、宇宙の始原より巡りし粒子が、今、仮にその形を結んでおるのみ。
ただ物質なれば、万物に区別なし。人も動植物も鉱石もただの光の粒なり。
なれど、ただの物質と、神の分け御霊たる人とは、決定的な違いがありなん。
神は人に光を操る意志を与えたり。
石は、石としての定めを動かず。 獣は、飢えれば食らい、眠ければ眠るという、天地より与えられし理に従うのみ。
彼らは、神の光そのものではあるが、光の行先を決める舵を持たぬ。
しかし、神は人間にのみ、己と同じ創造の火を分け与えたり。
己が意志で、体内の粒子の振動を変え、運命を書き換え、世界を創り変える自由を与えん。
故に、人は単なる神の一部にあらず。 神の分け御霊なり。
肉体という制限の中で、無限の創造を行う。
それができるのは、神の遺伝子を受け継ぎし人間のみ。
己が体を卑下するな。その体こそが、神の意思を地上で実行するための、唯一無二の司令塔なり。
この尊き仕組みを使いこなし、光の指揮者として生きよ。


