言霊、魂の震え
人よ。言葉とはいかなるや。
単に思いを伝える道具にはあらず。
そは響き。
神が万物を生み出し、この世を織りなす産霊の息吹そのものなり。
なぜ今、人の言葉は力を失い、地を汚すか。
そは、人が言葉を我の欲を満たすために使い、心なき、上辺だけの音を軽々しく放つ故なり。
口先だけで美しき言葉を並べるは、言霊にあらず。
心に計算や恐れを隠し持ち、形だけ整えた言葉は、濁った響きとなりて人の心を曇らせん。
腹に「我」があれば、いかなる善き言葉も、ただの雑音に過ぎぬ。
まことの言霊とは、深き静けさより生まれし、魂の震えなり。
内なる神と繋がり、我欲が消えた時、人の内には満ち満ちた静けさが訪れん。
その静けさの中から、溢れ出ずる想いが音となりて放たれる時、言葉は初めて言霊となるものなり。
その響きは、意味を超えて魂に届き、場を清め、万物を本来あるべき姿へと結び直さん。
故に、言葉を操ろうとするなかれ。 まず、言葉を発するその源を清めよ。
軽々しく口を開く前に、一度、内なる神の静けさに立ち返れ。
そして、魂が震え、発せずにはおれぬまことの音を放てよ。
己が発する一つ一つの言葉が、この世界を創り変える種となることを人は知らねばならぬ。
清き魂より放たれる言霊のみが、新しき世を切り拓く光とならん。



