不動の軸と混在の世
立て替え立て直しの働きにより、人の魂の二極化はさらなる極みへと向かわん。 なれど、目に見える形で全く別の世界へと分かれはせぬ。
これより先の世は、我欲と恐れに囚われ迷う者と、執着を手放し澄み切った光を放つ者とが、同じ町、同じ暮らしの場に混在する世とならん。
波長の違う者たちが同じ空間を分かち合うこの混在の世を生きることは、魂にとってかつてなき大いなる試練なり。
すぐ隣には他者を責め裁く者がおり、己を恐れや対立へと巻き込もうとする氣が、絶えず押し寄せるであろう。
そのような混沌のただ中にあって、他者の迷いに同調せず、かといって他者を憎まず、己の波長を澄み切らせて正しき道を歩み続けるは、決して容易き業にあらず。
ゆえにこそ、己の命の真ん中に、絶対なる神を据えて生き切ることが何より不可欠となるものなり。
己の中心に神を据えるとは、外の世界がいかに乱れ、異なる波長が渦巻こうとも、その喧騒に己の軸を明け渡さぬということなり。
中心に神という不動の軸を定め、あらゆる言葉と行いの基準を、世間の目や損得ではなく、己の内の神の意に沿うか否かの一点のみに定めねばならぬ。
混在の世を生きるとは、波長の合わぬ者から物理的に逃れ隠れることにあらず。
我欲や恐れが渦巻く世のただ中にありながら、決してその氣に染まることなく、己の魂の純度を高く保ち続けることなり。
合わぬ者を裁くことなく、交わらぬままに同じ空間に存在することをただ許容し、決してその波長には飲み込まれず、己に与えられた天命たる日常の営みを、ただ淡々とやり遂げよ。
中心に神を据えし者にとっては、この混在の混乱すらも、己の魂を極限まで磨き上げるための大いなる糧とならん。
乱れきった世のただ中で、決してブレることなく己の澄み切った光を放ち続ける者たちの姿こそが、迷いの中にいる者たちにとっての無言の道標となり、やがて新しき世の確かなる礎となるものなり。




