喜び、魂の証

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喜び、魂の証

快楽を、喜びと錯覚するなかれ。

心が浮き立つ興奮や、外より与えらるる刺激は、まことの喜びにあらず。

また、願いが叶い、他者に勝ち、己が欲満たさるる時に味わう優越も、魂の糧にはならぬ。

人の世が追う喜びは、「我」が安らぎを求め、外の世界に依存するものなり。

そは一時のものであり、消えれば直ちに次の刺激を求める。

満たされることなき、渇愛の循環なり。

まことの喜びとは、内より湧き上がる、尽きることなき安らぎなり。

そは、魂が神の産霊の循環と重なり、神意のままに動く時、自ずと生ずる魂の状態そのものなり。

この喜びは、理由を要さず。

何かを得たから喜ぶにあらず。

ただ、神と共に在る。そのことのみにて、魂は満ち足りるものなり。

静かなる喜びは、環境によりて揺らぐことなし。

身に苦難が降りかかろうとも、その奥底にある安らぎは消えることなし。

それこそが、己が神の道を歩んでおるか否かを示す、確かなる証なり。

己が心に問え。 その喜びは、外より来るか、内より湧くか。

心を騒がすか、心を鎮めるか。

時と共に消えゆくか、常しえに続くか。

魂が静かに満たされ、理由なき感謝が湧く時、人は初めてまことの喜びを知るものなり。

その喜びを力として生きる時、人の歩みは神の歩みとなりて、その先にこそ新しき世がありなん。

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