裁きを捨て、全貌を見渡す俯瞰の目
人よ。己の心が激しく揺れ動くのは、決して外の出来事のゆえにあらず。
そは、出来事の一側面のみを切り取り、勝手に良きこと、悪きことと裁く我の癖のゆえであると悟れよ。
宇宙の理において、すべては陰と陽にて成り立ち、いかなる出来事にも必ず光と影の両面が同時に存在するものなり。
ゆえに、一方だけを見て善悪の札を貼るのをやめ、物事の全貌を丸ごと見渡す高き俯瞰の目を持てよ。
怒りや悲しみが湧き上がった時、すぐさま言葉や行動で反応してはならぬ。
まずは深く息を吐き、外からの刺激と己の反応の間に、静かなる隙間を創り出せ。
そして己の視座をさらに高く引き上げ、怒りや悲しみを感じる己の内の状態をも俯瞰して見よ。
感情とは己の内に一時的に発生した現象に過ぎず、己の存在そのものではないと深く腑に落とせよ。
なれど、肉体を持つゆえに、時に心が大きく揺らぐこともまた自然の理なり。
絶対に揺れてはならぬと己を厳しく縛り、揺れてしまった己を責め立てる力みこそが、さらなる波立ちを生み出さん。
ゆえに、日々の些細な苛立ちや焦りを感じる中にて少しずつ視座を高めゆかねばならぬ。
物事の全貌を見渡す俯瞰の目を持ち、一呼吸の隙間を創り、内に湧く反応を静かに眺め、許し続けること。 その軽やかなる日々の反復こそが、やがて己を揺るぎなき精妙な波動の中心へと導く、真の歩みとなるものなり。


