【榎原神社】

宮崎県日南市南郷町榎原
祭神
アマテラスオオミカミノミコト
アメノホシボミミノミコト
ピコホニニギノミコト
ウガヤフキアエズノミコト
カムヤマトイワレヒコノミコト
配祀
アメノミナカヌシノミコト
クニトコタチノミコト
他

1658年当時、神女として崇められていた内田万寿姫の進言で鵜戸神宮より勧請して、創設されました。
朱塗の鳥居と桜門、本殿も独特な美しさを持ち更に神社の中に、県指定有形文化財建造物となったダイナミックで神言な鐘桜(鐘つき堂)があります。

今でも大晦日には除夜の鐘が打たれるそうです。
榎原神社の建築は、当時の神仏習合の歴史を物語る貴重な文化財だそうです。
【桜井神社】

榎原神社の創設を進言された内田万寿姫が本殿を見守るような位置で榎原神社の中にお祀りされています
内田万寿姫は単なる巫女ではなく、霊力を持ち、江戸でも評判になるほどだったと伝えられています。
内田万寿姫が、祭事で使用していた、鏡、扇、冠が納められているそうです。
榎原神社は鵜戸神宮のように有名ではなく、観光客がたくさん訪れるような感じではありませんが、そのたたずまいは美しくゆっくりと神秘的な雰囲気を味わえます。
御利益
恋愛成就、安産
私は内田万寿姫によって宮崎に導かれたと思っています。宮崎に引っ越し、お礼参りにでかけたときのことを以前書かせていただきましが、一部を抜粋して加筆修正して再掲しておきます。
内田万寿姫に導かれた宮崎への引っ越】
木花咲耶姫様から神示が降りるようになり数年経った頃、神様から使命を果たすために宮崎に引っ越しなさいと言われ、私は迷っていました。
当時は岡山で学習塾を営んでいましたし、宮崎に引っ越すという事は生活の基盤を無くすということでしたし、岡山で家族同様に付き合っていた音楽仲間と離れるのも心苦しく決断が中々できませんでした。
そもそも、使命と言われても何の事かも分かりませんし、神様は事細かく何でも教えてくださるわけではありませんでした。
そんな時、一冊の本に出会ました。
宮崎の作家によって書かれた内田万寿姫様の本です。
私と本名が似ていましたので気になって読んでみますと万寿姫は出身は筑後で私もその近くの出身で筑後川でよく遊んでいました。
万寿姫様は家族と共に宮崎に引っ越しをされており、自分の現状とも似ていると思いました。
これは私を宮崎に導くメッセージと思い、宮崎で家を探してみることにしました。3日程度の滞在で良い家が見つかれば引っ越しを決断しようと思っていました。
ところが、宮崎はその年大きな台風に襲われ家を失った人も多く、貸家が少なくかつ猫を飼ってもよい家を探しに行ったものの、なかなか家が見つかりませんでした。
これは引っ越すことは無理かもと思いました。探すことは探したけど家がないのでは仕方ありません。その時、岡山に未練があった私は少しほっとしたのです。
ところが、岡山に帰る日、新聞広告が目に止まり、これで最後と思い不動産会社に問い合わせをしましたら、そこであっさり猫を飼ってもよいという家が見つかりました。
さらに驚いたことに、地図を確認しましたら、その貸家の隣には内田満寿姫様の本を出版された会社があったのです。
これは神様のお導きに違いないと驚きもう迷いは消えていました。
内田満寿姫様は万治元年日南の飫肥藩主伊東祐久に進言し、鵜戸神宮から勧請し榎原神社を創建されたのです。
鵜戸神宮のご神気をいただき神女となられ数々の予言を行い、藩主を動かす力を持たれた方です。
今は、榎原神社の中の桜井神社の祭神となられています。
どことなく境遇の似ている神様から導かれた事で、この神示を皆様にお伝えすることが自分の果たすべき使命なのだと見えてきました。
そして宮崎に引っ越しをした事を機に、このブログを立ち上げ、たくさんの皆様に神示をお伝えできるようになりました。
自分にとって必要なお導きというのは必ず起こるものだと実感した出来事です。
これは私が特別なわけではなく、皆様にも平等に起きることです。
それだけにいつも、魂の浄化に努め、神様に心を合わせ、世界の平和を祈りつつ生きて頂けたらと思います。


