裁きとは神の領域
人を裁き、その罪を問うは、人の役目にあらず。そは本来神の領域なり。
許さぬ心とは、過ぎ去りし過去の一点を、今この瞬間に、何度も、何度も、蘇らせることなり。
その度に、魂は、古き傷に、己が命の力を注ぎ込み、その輝きを、自ら失わん。
人の目には、物事の、ただ、一片しか見えぬ。
その、絡み合う、深き縁の、全てを見通すことなど、できはせぬ。
己が小さき物差しにて、他者を裁くことの、あまりの傲慢さに、まず、気づかねばならぬ。
許しとは、相手の罪を、無きものとすることではなし。
その、裁きという、人の手には余る、重き荷物を、ただ、静かに神へと、お還しすることなり。
神にただ委ね、己の道に戻ればそれでよからん。
裁きを手放した時、初めて、魂は過去への執着から解き放たれ、本来の軽やかなる「今」へと、還ることができるものなり。
そが、まことの安らぎへの、唯一の道なり。


