言葉とは神の顕現なり
なぜ言葉に力が宿るや。 なぜ言葉に神が宿るや。 その根源を、人は悟らねばならぬ。
はじまり、この世は響きより生まれたり。
何ごともなき場所に、初めの響きありて、万物は形を成したるなり。
その創造の力、世を生み出す響きの力を、肉体に分け与えられた存在、それが人間なり。
人が吐く息は、単なる空気の流れにあらず。
腹の底、魂の奥深くに鎮まる神の火、その氣そのものなり。
言葉を発するとは、その内なる神の火を、喉を通して震わせ、この世という物理の世界へ解き放つことに他ならぬ。
形なき思いが、音となりて空気を揺らし、他者の耳に届き、心を動かし、現実を動かす。
見えざる世界にある意志を、見える世界へと引き出す。 そを為し得るは、言霊を操る人間のみなり。
故に、言葉とは神の顕現なり。
己が真心を込め、清らかなる息にて紡ぐ時、その音には内なる神が乗り移り、創造の光となって走らん。
逆に、汚れし息、曇りし心にて放つ言葉には、邪なものが宿り、破壊の闇となって広がりゆく。
口を穢すな。口は内なる神の息吹を、外なる世界へ吹き込み、新たなる国生みをするための、聖なる門と知れ。


