『言葉は、世界を創る種』言霊と魂の震え
いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今回の神示は、私たちが日々発している言葉についてです。
神示は、言葉こそが世界を創り変える種であり、新しき世を切り拓く光であると告げています。
「言霊(ことだま)」の本当の意味を、読み解いていきましょう。
言葉は道具ではなく、響き
まず神示は、現代人が忘れてしまった言葉の本来の姿を説きます。
人よ。言葉とはいかなるや。 単に思いを伝える道具にはあらず。 そは響き。 神が万物を生み出し、この世を織りなす産霊(むすび)の息吹そのものなり。
私たちは言葉を、情報を伝えたり、自分の意思を通したりするための便利な道具だと思いがちです。
しかし、神示はそれを否定します。言葉とは、神が宇宙を創造した時と同じエネルギーを持つ響きであり、万物を生み出す息吹そのものなのです。
なぜ、言葉は力を失ったのか
しかし今、世の中には言葉が溢れているにもかかわらず、空虚さが漂っています。なぜでしょうか。
なぜ今、人の言葉は力を失い、地を汚すか。 そは、人が言葉を我の欲を満たすために使い、心なき、上辺だけの音を軽々しく放つ故なり。 口先だけで美しき言葉を並べるは、言霊にあらず。 心に計算や恐れを隠し持ち、形だけ整えた言葉は、濁った響きとなりて人の心を曇らせん。
どんなに美しい言葉、正しい言葉を並べても、その腹の底に「自分を良く見せたい」や「相手を操りたい」、「嫌われたくない」という我欲があれば、それは言霊にはなりません。それは濁った雑音となり、かえって世界を汚し、人の心を曇らせてしまうのです。
真の言霊は、静けさから生まれる
では、どうすれば私たちの言葉は言霊となるのでしょうか。神示は、その秘訣を静けさに見出します。
まことの言霊とは、深き静けさより生まれし、魂の震えなり。 内なる神と繋がり、我欲が消えた時、人の内には満ち満ちた静けさが訪れん。 その静けさの中から、溢れ出ずる想いが音となりて放たれる時、言葉は初めて言霊となるものなり。
テクニックで言葉を選ぶのではありません。
まず、内なる神と繋がり、我欲を手放して、深い静寂の中に身を置くこと。
その静けさの中で、魂が震え、どうしても溢れ出てしまう想いが音となった時、それこそが、世界を清め本来の姿へと結び直す、真の言霊となるのです。
言葉を発する「源」を清めよ
神示は最後に、具体的な実践と、私たちが持つ責任について厳しく、そして温かく諭します。
故に、言葉を操ろうとするなかれ。 まず、言葉を発するその源を清めよ。 軽々しく口を開く前に、一度、内なる神の静けさに立ち返れ。
何を言うか、どう言うかではありません。「どこから」言うか、です。
口を開く前に、一瞬の間を置き、内なる静けさに戻る。
その習慣が、あなたの言葉を言霊へと変えていきます。
己が発する一つ一つの言葉が、この世界を創り変える種となることを人は知らねばならぬ。 清き魂より放たれる言霊のみが、新しき世を切り拓く光とならん。
私たちが発する言葉の一つひとつが、未来の種となり、世界を創っています。
今日、あなたが放つその言葉が、愛と静けさに満ちた光の種でありますように。


