争いの無い世界へ

富士山

争いの無い世界へ

神が人に求めるは、ただただ正しくあることなり。

なれど己の正義をただ貫くが正しさとは限らぬ。

正義も行き過ぎれば悪となることもあり。

正しさがぶつかり合いて争いになるは本末転倒なり。

全ては調和。正しさにも調和が必要ならん。

宇宙は調和を求め運行するものなれば、人同士も必ず調和が可能なり。

これより先、多様な正しさが新たな世界を産み出さんとす。

そを認められねば生き難し。

異なる正しさにも調和の道はあると知り、己の神に問いながら更なる成長を図りて器を広げるがよからん。

人の歴史は戦いの歴史とも言われる通り、人類はこれまで多くの争いを繰り返してきました。

自分たちの正義を守るための戦いであったとしても、過ちは過ちであり、これからの世界はそれではいけない。というお示しです。

国同士の大きな争いはもちろんのことですが、個人のレベルでも争いを捨て、真の平和を目指す時代がきました。

これから人の価値観は益々多様化していきます。

人それぞれが、自分自身の個性に従い本来あるべき姿で生きていこうとすれば、必ずそうなります。

根幹に神の認める道徳がありつつ、多様な生き方をする人々がゆるやかに束ねられる世界が構築されていきます。

皆が他者の価値観を認め合わなければ、実現しない世界です。

争わないということは、人が人を裁かないという事ですから、そのレベルまで人類の精神成長が求められているということですし、それが果たされるまで立て替え立て直しは終わらないという事でもあります。

どのくらい時間がかかるのか、今の世の中からは想像もできません。

私たちの生きている時代に実現できるかどうかも分かりません。

しかし、自分自身が生ある内に、できる限りの浄化を果たし、争いの無い平和な世界を次世代に渡したいものです。

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