持ち場を清め、和を為す道
人よ。協調とはいかなるや。 そは、己が心を偽り、他者の声にただ従うことにはあらず。
また、己が利益のため、人を力にて従わせる術にもあらず。
真の協調とは、まず己が内なる神と深く繋がることなり。
魂を浄め、心を澄まし、神の御心と己が心を一つに合わせよ。
魂を清らかに保つ者同士は、言葉を多く交わさずとも、自ずと応じあい、引きあうものなり。
なれど今、人は己が欲に目を曇らせ、他者を裁き、分断を深めん。
「我こそ正しき」と叫ぶ心、それこそが協調を阻む最大の壁なり。
他者を裁き、己の物差しにて人を測るは、神の御心に最も遠き行いならん。
その心は、己が内なる神の働きを鈍らせ、魂を曇らせん。
魂が曇れば、他者の魂と真に応じあうことは叶わぬ。
今は立て替え立て直しの時。
そは、他者を力にて変えることにはあらず。 まず、己が心を覆う曇りを払うことなり。
他者を正さんとする前に、己が心を静め、内なる神の声に耳を澄ませよ。
内なる神の働きが清まれば、己が接する世界もまた、自ずと清まるものなり。
協調とは、己を無くすことにもあらず。
己が魂を曇りなく磨き、神の御心のままにその本分を尽くすことなり。
己が清き魂にて在る時、その姿そのものが、他者の内なる善き心に働きかけん。
そは、言葉にて説き伏せるのではなく、魂そのものが自然と感応しあう姿なり。
一人ひとりが、まず己の持ち場を清め、誠を尽くすこと。 他者の働きに感謝し、その働きを尊ぶこと。
和とは、形だけを整えることにもあらず。
個々が神の御心を受け、その役目を果たす時、そこに自ずと生まれる秩序そのものなり。
足らぬところは補いあい、驕らず、へりくだり過ぎず、ただ和を保て。
人は、ただ己が役目を神の御心のままに果たせばよし。
助けを要する場あらば、神の理により、助けは自ずとそこに流れ込まん。
そが、神の定めたる自然の摂理なり。
分かつ心を捨て、裁く心を鎮めよ。物事の本質を見よ。
協調とは、個々が神の働きをそのままに顕し、その働きが織りなす大いなる調和なり。
清き魂は清き魂と応じあい、大いなる和となりて、新しき世を築き上げん。
それこそが、分断なく、ただ神の光満ちる神の望みたまう真の国の姿なり。



