言葉を神の御業となす道
立て替え立て直しが進まば、世に満ちる情報と、人が交わす言葉のありようもまた変わりゆかん。
日々の持ち場を保ち、人と心を通わすために、知識を得、言葉を紡ぎゆく歩みは、現世を支える尊き営みなり。
なれど、外なる情報の波に呑まれ、頭の知解のみを誇りて、言葉を軽々しく弄ぶ心の浅ましさを戒めよ。
実感を伴わぬ言葉を投げ合い、他者を裁き、己を飾る道具となす時、人は自ら発する響きによりて己が世界を濁らせ、本来の姿を見失うなり。
知れよ。言葉とは、単なる知識の伝達にあらず。
神の持ち給う創造の力を、この現世に具現化するための尊き御業なり。
胸の内に宿る目に見えぬ思いを、形ある現実へと結び現す力こそ、人に委ねられし言葉のまことの姿なり。
情報の氾濫に心を奪われ、口先ばかりを動かすをやめよ。
世の騒がしさから一度離れ、心を静めて、己が口にする言葉の重さを深く知れ。
他者を蔑み、己を誇るための無用なる言葉を慎み、ただ日々の持ち場において、命を調え、調和を結びゆく誠の言葉を紡げ。
言葉を神の創造の力として畏れ敬い、手足を動かす日々の所作をもって誠を形となしゆく者にこそ、外の雑音に惑わされぬ真の智慧と、新しき世を開く確かな光が宿ると知れ。



