丹田に座す
人よ。 立て替え立て直しが進みゆく今こそ、精神の成長を果たす絶好の刻なり。
されど、精神のみを磨こうとするは、根なき草のごとく不安定なる試みと心得よ。
真の成長とは、体的な意識を高め、精神と肉体を一つの定点へと合致させることに他ならぬ。
中心を定めるとは、自らの内に揺るぎなき一点を確立することなり。
外側の世界が激しく揺れ動く今、拠り所を外に求めることは、崩壊しゆく仕組みと共に倒れる物理的な必然なり。 精神を支える土台は、思考の騒がしさを離れた、下腹(丹田)の奥の一点にあり。
人は不安になれば、意識が頭へと昇り、熱を帯びて浮き足立つ。
今すぐ、その頭にある重みを、丹田へと静かに落とし込めよ。
この体的な意識の確立こそが、精神を一段高く引き上げるための不可欠なる備えなり。
中心が定まれば、外の騒動はただの景色となり、己の核を揺らす力は失われん。
体的な重心を低く保つことで、初めて精神は研ぎ澄まされ、事象の真実を見抜く力が宿らん。
一点が定まれば、迷いは消え、次に成すべきことが自ずと示される道理なり。
中心を定めることは、孤立に非ず。 自立した個が、それぞれの下腹に重心を置いて立つことで、初めて全体は静かに調和せん。
外を追いかけることを止め、ただ内なる一点を重く保て。
精神の成長と体的な自覚を一つに結び、不動の定点として立てよ。
さすれば、如何なる激流の中にあっても、己という存在は岩のごとく揺らぐことはなし。



