神は空に宿る
汚れとは、気の流れが止まり、澱んだ印なり。
穢れとは、気枯れ。 気が枯れ、巡りが止まることを言うなり。
天地を見よ。 星は巡り、風は吹き、季節は移ろう。
この大宇宙に、止まっているものなど一つもなし。
万物は、片時も休まず流れ続ける巡りそのものなり。
故に、滞らせるなかれ。 場を塞ぎ、物を溜め込むは、天の川の流れを、自ら堰き止めるごとし。
宇宙の呼吸を止め、大いなる巡りから孤立する愚行なり。
神は、物で埋もれた場には宿れぬ。 入りたくとも、入る間がなきゆえなり。
そもそも物とは、重く固まりたる気なり。
物が空間を占めれば、そこにあるべき軽やかで精妙な気は押し出され、入る余地を失う。
物で溢れた場は、過去の執着で隙間なく埋め尽くされし状態なり。
そこに、新しき神の気が入り込む余白はなし。 故に、神が座る席もまた、なし。
祓え。清めよ。 掃除とは、雑用にあらず。
堰を切り、場を空け、神の座る場を用意する尊き神事なり。
要らぬものを捨てよ。 すべてを一度無に返せ。
祓いとは、終わりにあらず、始まりなり。 空いた場所にのみ、天の気はなだれ込まん。
その清々しき空こそが、次なる福を生む母胎となるなり。



