人の体は人には作り出せない
人間の肉体はただ借り物で、自分で生きているのではなく、生かされている事。
人の魂は神様の分け御霊であり、人に優しく接し魂を磨き上げて、美しい気を発して宇宙運行を助けることが全ての人に与えられているお役割です。
このお役割を果たすために最適なステージとして用意されているのが3次元世界であり地球です。
3次元世界は物質世界ですから、体が無ければ活動できません。その体は人間が1から作ろうと思って作れるものではありません。宇宙に用意された仕組みがあり命は繋がれています。
いくら科学が進歩しても人は細胞の一つも作ることができません。それほど神様から用意されている物質は素晴らしく奇跡的なものです。
その体を使わせて頂いている私たちが、「自分は自分の力で生きている。人の力も、神の力も借りない。」と言ってみたところでまるで説得力がありません。
人は一人では生きていけないように作られています。そもそも男女揃わなければ、命を繋ぐこともできません。
先述の通り、人は人に優しくすることが役割なのですから、はじめから助け合って生きていくように作られています。
そのために誰にでもどこか秀でた能力と欠けている能力が与えられています。それをパズルのピースのように組み合わせ繋ぎ合わせ、助け合い補い合って美しい世界を描いていかなければならないのです。
宇宙に守られ、地球に守られ、体をお借りして、豊かな自然の恵みから食事を頂き、たくさんの人からの手助けを得てこそ自分は生きられる。生かされていると言う感謝を忘れてはなりません。
神仕組み
苦労も、病気も全てが神仕組みである事。
この御言葉は因果の法則を理解しなさいということです。
なんで神様はこんな苦労を与えるのですか。こんな病気にかかるなんて、神様なんていない。信じられない。
本当に苦しい時、人はついついこのように考えてしまいがちです。
本書をここまで読んでくださっていれば理解して頂けていると思いますが、本質的には神様は、雲の上に白い服を着て立っていて、杖を使って人に神罰を与えたりすると言うような存在ではありません。
人間の延長と言いますか、別の世界の住人のようなイメージで捉えて、苦労や病気を与えられていると思うと、どこか釈然としません。場合によっては腹も立つでしょう。
確かに、木花咲耶姫様などの人格神や様々なお役割の神様は存在しますが、ここで言う神仕組みの神とは異なります。
神仕組みとは宇宙の法則の事です。
ですから、神とは宇宙そのものの事です。
全ては宇宙の法則の中で物事は流れ循環しています。
因果の法則もその宇宙の法則の一つです。
生み出された結果には必ず原因がある。
苦労を呼ぶには苦労を呼ぶ原因がある。というものです。
人が成長するために苦労は避けられませんが、無用な苦労を与えられる事もありません。
人は生きていれば必ず過ちを犯します。たくさんの悪因という種を蒔きます。
その結果生まれるのが苦労であったり、病であったりするわけです。
要は苦労とは宇宙から与えられる課題のようなものです。
この事を理解できると、苦労や不運の責任転嫁が成立しなくなりますので、つまらない負の感情を抱えずに済みます。
自分の苦労を宇宙の責任にしても意味がありませんから、宇宙の法則に乗って苦労を乗り越え、良い種を巻いて徳を積むしか福を得る方法は無いと真に理解できます。
一部、宿命的なものもありますが、大抵の苦労や病気は、この世に生を受けてからの生き方に因がありその結果として与えられるものです。
先述の通り、大きな苦労や、大病が与えられる前にはたくさんのお知らせがあるはずです。
神仕組み、宇宙の法則に上手に乗り、様々な信号を無視せずに生かしていくことが神ながらの道を歩む事と言えるでしょう。
一部、宿命的なものがあると申しましたが、これは生まれてくる前に、この修行を乗り越え、さらに魂を磨き生きますと神様と約束をして、持って生まれてきている要素と言えます。
少し意味合いが違いますが、これもやはり、そのような状態を抱えて生まれてくる必要があったと言うことですから、因果の法則に沿っているものであると言えます。
ハンディを抱えて生まれてきたとしても、想像を絶するような大変な苦労を抱えることが決まっていたとしても、その中でよりよく生きるための導き、お知らせはやはり必ずあるのです。
宇宙の法則、神仕組みは全ての人に平等にできているのです。